論文サマリー制作例

臨床医学系論文(一般向けサマリー)

子供の肥満を予防するには:母親の影響

世界の肥満人口は過去40年の間に3倍に増え、それによって引き起こされる疾病が大きな問題になっている。肥満に注意が必要なのは成人だけではなく、小児の肥満も、将来の高血圧や循環器疾患、糖尿病、精神疾患などのリスクを高めてしまうことが知られているため、事前に策を講じることが必要だ。子供の体重が増加してしまう要因は、実は食生活以外にもあるといわれている。その1つが母親の体重である。「母親が妊娠する前の体重」と「子供の肥満」との間には、密接な関係があるとされてきた。しかし、これらの間には関連性がないと結論づけた研究もあり、研究者たちの間でも意見が分かれていた。

今回発表された最新の研究は、母親と子供の肥満について調べた過去の研究を網羅的に集め、報告されているデータを統合して解析することで、この問題に決着をつけることを目指したものだ。ここでは特に、母親の肥満を「BMIが30以上」、子供の肥満を「BMIまたはZスコア*が上位5%」と定義し、これらの間に関連性があるか調べた。必要なデータが報告されていた79報の論文からデータを抽出して解析した結果、母親と子供の肥満の間には、明確な関連性が認められた。つまり、肥満の母親から生まれた子供は、肥満になる確率が高かったのである。母親が妊娠前に肥満だった場合、子供の肥満リスクはおよそ3.6倍も上昇していた。今回の解析には、欧米の研究が多く含まれていたため、日本やその他のアジアの国でも同様の結果になるのか、今後さらに調査を続けていく必要がある。だがこの結果は、子供の肥満を予防するには、産まれた子供に対して体重管理を行うだけでは不十分であることを示すものであるため、今後は妊娠を望んでいる女性に対しても、積極的に体重管理を指導・サポートしていく必要があるのかもしれない。
(*Zスコア:平均値とどれくらい差があるかという指標)

Heslehurst N et al., 2019 PLoS Med 16(6): e1002817を元に作成。

 

動物科学系論文(一般向けサマリー)

カラスは自分の意思で鳴く

あなたの家が都会のど真ん中にあったとしても、一歩外に出れば鳥たちの声が聞こえてくるでしょう。彼らのさえずりには、繁殖期に自分の魅力を伝えたり、縄張りを主張したりといった役割があるほか、彼らは声によってお互いを認識し合い、社会的なつながりを形成しているのです。しかしこれまで、鳥たちは発声を自分の意思でコントロールできるのか、それとも無意識に声を発しているだけなのかわかっていませんでした。ドイツ、テュービンゲン大学の研究グループは、3羽のオスのハシボソガラスとともにこの謎に挑みました。カラスが自分の意思で発声をコントロールできるのか、実験によって調べたのです。

研究者たちはまず、カラスをモニターのある小さな部屋の中に入れて、あるトレーニングを行いました。はじめにモニター上に白い四角形を映し、これが青色になったときに鳴き声を発すると、エサがもらえるという課題を行わせたのです。カラスたちはすぐにこのルールを学習し、エサをもらえるようになりました。また、20%の確率で、いつまでたっても四角形が白色のままという条件も織り交ぜましたが、間違えて声を出すことはありませんでした。

さらに研究者たちは、カラスたちがすっかりこのルールを覚えた後に、今度はモニターに映し出す四角形の色の順番を変えてみました。つまり、はじめに青色の四角形をみせて、それが白に変わったら鳴き声を発するという課題に変えたのです。しかもこれだけではなく、四角形が青緑色に変わったときは「鳴き声を発さない」ことでエサがもらえるという条件も織り交ぜました。この複雑なルールにカラスたちは最初戸惑ったものの、3日後にはもうこの課題ができるようになっていました。

この実験結果は、カラスが必ずしも本能や衝動に任せて声を発しているわけではないことを示すものです。他の動物で行われた研究では、アカゲザルも発声を意図的にコントロールできることが示されています。今回カラスの実験を行った研究者たちは、論文の中で「鳥類と哺乳類では脳の構造が違うにもかかわらず、発声を意図的にコントロールできる能力が両グループの動物で進化したのは興味深い」と述べています。

夕暮れ時になると聞こえてくるカラスたちの声には、どんな意図が込められているのでしょうか。

Brecht KF et al., 2019 PLoS Biol 17(8): e3000375を元に作成。

 

基礎医学系論文(専門家向けサマリー)

RSウイルスの細胞内侵入に利用されるNa+, K+-ATPaseのα1サブユニット(ATP1A1

世界中で毎年10万以上の子供の命が、RSウイルスが引き起こす呼吸器感染症によって奪われている。しかし現在、このウイルスに対するワクチンや抗ウイルス薬はないため、新規治療法の開発が望まれている。ウイルス感染症の治療法を開発するには、ウイルスと宿主因子の相互作用を明らかにする必要があるが、RSウイルスではこの点がよくわかっていなかった。

米国NIHの研究者らを中心としたグループは、RSウイルスの感染や複製に関与している宿主因子を見つけるべく、ゲノムワイドのsiRNAスクリーニングを行った。ヒトの呼吸上皮細胞に発現しているおよそ2万の遺伝子を個々にノックダウンし、RSウイルス感染に関わっている宿主因子を探索したのである。スクリーニングの結果、細胞膜に発現しているNa+,K+-ATPaseの主要なサブユニットであるATP1A1をノックダウンした場合に、ウイルスの増殖が強く抑制された。このノックダウンの効果は、呼吸上皮細胞に水疱性口炎ウイルスを感染させた場合には認められなかったため、RSウイルス特異的なメカニズムであると考えられる。さらにRSウイルスの感染にどのような細胞内シグナルが関与しているか調べたところ、ATP1A1の下流で活性制御を受けているc-Srcチロシンキナーゼや、さらにその下流シグナルである上皮成長因子受容体(EGFR)のリン酸化が、ウイルスの効率的な侵入に必要であることが明らかになった。そしてEGFRシグナルの活性化は、マクロピノサイトーシスという細胞外物質の取り込み機能を活発にすることが知られているが、実際にRSウイルスもこの作用によって細胞内に取り込まれていた。このようなメカニズムを考えると、RSウイルスの細胞内への侵入を防ぐには、ATP1A1の機能を阻害すれば良いということになるが、実際にATP1A1の細胞外ドメインに結合するウワバインやPST2238といった薬剤を使用すると、RSウイルスの細胞への侵入を抑えることができた。

ATP1A1は、RSウイルスが呼吸上皮細胞に侵入する際に不可欠な宿主タンパク質であるとともに、RSウイルス感染症の治療標的となりうることが本研究によって示された。すでにヒトでの忍容性が確かめられているPST2238のような薬剤が、抗RSウイルス薬として利用できるかもしれない。

Lingemann et al., 2019 PLoS Pathog 15(8): e1007963を元に作成。